「おえかき和尚 うた日記」 書籍判
A5判、縦書き 130頁 定価600円(税別)
 
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惜別のこと   平成九年二月十四日
 当地は自宅葬が多い土地柄だったが、ここ何年か前から、急速に式場の葬儀となってしまった。式場では、飾る花も色花(いろばな)によるはなやかな飾り方が増えだした。
 そんな時代に入ったが、時折、不幸な方のお経もつとめさせていただくことがある。様々な事情があるとはいえ、長い経験の中では、本当に心が痛むお経に遭遇することがある。
 二月の寒い日、身よりのない方の葬儀をつとめた。打合わせには、地域の役員さんと市の福祉の担当の方が寺に来られた。式場は火葬場の霊安室(れいあんしつ)のような場所となった。花瓶(かびん)一つと、ローソク台一つと線香の香炉(こうろ)だけで、棺(ひつぎ)は簡略な台の上にあった。
 私は、この世は幸せうすかったが、どうか、後の世はよき仏さまになって下さいと、心をこめてお経をつとめた。身よりがないと聞いていたが、結婚して遠くにいるらしい娘さんが、たった一人でかけつけていた。彼女は母親の最後を看とることができたそうだ。
 私は、この家族の過去の不幸をおぼろげに記憶しているが、娘さんとは一切、会話することはなかった。通夜のお経の前もあとも、小さい部屋の中は、ほとんど無言であった。お経が終わると、娘さんは白木(しらき)の棺に手をかけ、ただ、すすり泣いていた。
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かんぜん  こしお         なみだ
棺前に腰折りなみだ涙す若妻は
さびしき母を看とりし娘なり

お経を終え、打合せどおり食事やお茶の接待もなく、私は自分の運転する車に乗りこんだ。外には、月がか細くぼんやりとあり、私は式場の無言の空気をはき出すこともできないまま、車を走らせた。

きさらぎ  じょうげん  つき
如月の上弦の月おぼろにて
                        おや   つや     て
さびしきみ親の通夜を照りせり