「おえかき和尚 うた日記」 書籍判
A5判、縦書き 130頁 定価600円(税別)
 
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寒桜のこと       平成十年十二月十日
  手塚さんのお宅で、英子さんという六十代の女性が亡くなる。手塚さんのお宅は見知っていたが、英子さんという女性がおられたのは知らなかった。彼女は障害者であり、独身であり、生前は兄弟の世話になり、その生涯のほとんどを施設で過ごしていた。したがって、彼女の存在を知ってる人は少なかった。
 手塚さんのお宅は、すでにご両親が亡くなっており、長男をはじめ、ほとんどの兄弟が市外に独立してしまった。世話をしてきた兄弟の一番の心配は、英子さんが亡くなってからの最後の儀式と手配であった。事前にご兄弟全員が当寺に集まり、細々とした所まで相談がなされた。
 英子さんはいわゆる疎開世代であり、幼少の頃、彼女の家庭は戦争の影響を大きく受けて、ご両親のご苦労も大変だったそうだ。
しばらくして、訃報があり手順どおり葬儀がすすられた。
 今日、お経がとどこおりなくすみ、兄弟だけで納骨がつとめられた。死の悲しみとともに、彼女の不幸のご生涯が兄弟の間に沈黙として表れていた。私も、ご兄弟の深い沈黙の時間を共有し、ただ静かにお経をつとめた。

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幸薄くこの世に生まれひっそりと
世を去る人には慈悲の花よ降れ

 市内の式場を出棺する時、街路樹の寒桜が満開であった。十月桜ともいうらしいが、この桜は咲きだすと、なかなか散らない。ほの白く、ぽっぽっぽっと、まばらに咲き、ソメイヨシノのようなはなやかさはない。一ヶ月以上前から咲きだして、師走の今日も寒さに耐えて咲いていた。